「思い出の歌」の解説
定期演奏会プログラムより
松下 泰久
 
1. ローレライ  作詩:H.ハイネ  作曲:P.F.ジルヒャー 編曲:福永 陽一郎 
   ローレライ(Loreley)は、ライン川でも一番狭いところにある、水面から130mほど突き出た何ともでかい岩山である。また多くの伝説に結びつけられて語られ、例えば、乙女ローレライが不実な恋人に絶望してライン川に身を投げ、水の精となった彼女の声は漁師を誘惑し、破滅へと導くというものである。古来より美しいメロディーとして人々に口ずさまれてきたが、第1回の倉男定演においても、伝説通り見事にローレライの魔力により倉男のメンバー達は水面下に引き込まれそうになり、ハーモニーが「沈没」しかけた。指揮をしていたT先生もさすがに苦笑いしながら指揮を最後までするしか無く、このことを倉男の一部では「ローレライショック」と呼ぶ。
 
2. 雨  作詩:八木 重吉  作曲:多田 武彦
    1967年の明治大学グリークラブの委嘱作品である。同年5月外山浩爾氏の指揮で同グリーにより初演された。早世の詩人であった八木重吉は、結核の闘病の中、詩作と信仰を捨てなかった。療養する以外に世のために何もできない詩人にとっては、「あのあめのようにそっと世のためにはたらいていよう」と歌われる雨は、きっと地上に恵みをもたらすという神の働きであったろう。特にこの曲は美しい静寂感にあふれており、「雨があがるように、しずかに死んで行こう」という、神の御許に昇天することを願い、またそのように人生を終えようという詩人の凛とした決意を奏でる美しいピアニッシモが聞く人の心に響く。個人的な思いながら、今年2月の演奏会でこの曲を指揮してその直後天に召された関西学院グリー指揮者の北村協一先生に倉敷男声合唱団としてこの曲を捧げたい。
 
3. 人の言うことを信じるな  作詩:F.ジャム 訳詩:堀口大学 作曲:南 弘明
   1978年広島の崇徳高校グリークラブの委嘱により作曲され、同年9月天野守信氏の指揮により同グリーにより初演された。フランスの5人の詩人の詩に楽しく、また叙情的なコーラスがつけられ、爽やかな曲集である。その中の1曲であるこの曲、実はこれも定演での演奏中、某パートが出るはずの箇所を緊張の余り出そびれてしまい、一瞬指揮者・団員・ピアニストに緊張が走ったが、そこはピアニストだった玉ちゃんはすごい!その某パートが出るはずの小節の部分をとっさの機転で繰り返し弾いてくださり、何事もなかったように曲は演奏されたことがあった。そのピアニストが実は黒河さんである。ただし、後でお客さんに感想を聞くと、そんなことより、イントロの「乙女の祈り」のパロディーの部分の変奏ぶりにあきれて「いきなりピアノが滑ったのかと思った」と、ピアニストにとっては笑うに笑えない話もあったとか……。
 
4. 丹澤  作詩:清水重道  作曲:信時 潔  編曲:木下 保
   もともと独唱曲であったものを、福永陽一郎氏により男声合唱曲集として編曲されていたが、指揮者であった木下保氏により慶応大学ワグネル男声合唱団のために再度編曲され、1971年12月同団の第96回の定期演奏会で同氏の指揮により演奏された作品である。木下氏の編曲は独唱風に単純に編曲されたものであり、歌詞の持つ味を表現することを演奏者は求められる。「沙羅」の持つ日本語の美しさ広さを堪能していただきたい。
 
5. 乳母車  作詩:三好 達治  作曲:木下 牧子
   1987年東京経済大学グリークラブの依嘱により作曲、関屋晋氏の指揮により同グリーにより初演される。三好達治の美しい日本語の詩による「乳母車」は、いつまでも変わることのない、脈々と私たち誰もが辿ってきた優しく懐かしく母と子の関係が「道」として歌いあげられている。倉男のメンバーにとっても皆様にとっても、おそらく何歳になろうとも消えることのない「郷愁」であろう。なおこの曲、ピアニストの黒河さんが大好きな曲で、当人の結婚式に倉男のメンバーが呼ばれて「彼女の伴奏で一曲を」というときの彼女の希望曲であったのだが、指揮者のT先生の歌詞の内容的な面からの適切な(?)アドバイスにより残念ながら別の曲に変わったという噂もある。
 
6. 高瀬舟幻想  作詩:室山多香史   作曲:熊澤 佳子
    1995年、我が倉敷男声合唱団創立10周年、第5回定期演奏会のための依嘱作品として誕生、同年9月に田中浩指揮により初演された。水源から河口までの高梁川の四季折々の様子が美しく描かれたり、また、新見に伝わる民話も織り交ぜられながら母なる「高梁川」を讃える曲である。初演時には、第2曲目「おんチョロチョロ経」では、民話どおり偽物のお経を老婆が読むくだりがあるのだが、それを本物の僧侶であった当時の団員が商売道具の袈裟を着て演じたというエピソードもある。実はこの組曲も音採りにはずいぶん泣かされた覚えが……。